
PROFILE
心理カウンセラー
18年間勤務した銀行を退職後、カウンセラーとして活動を開始。心理学を学んで10数年、千名以上の悩みに寄り添う中で、心理カウンセリングの必要性を実感。現在は、ヒプノセラピーを専門に、特に「自分に自信がない」というクライアントの自信を取り戻すカウンセリングには定評がある。カウンセリングは病んだ人が受けるものという誤解を解き、自分のメンテナンスのためにカウンセリングを受けるそんな日本を作ることが現在の目標
はじめまして、心理カウンセラーの今泉智樹です。
僕は元銀行員。平成22年に18年間勤務した銀行を退職し、心理カウンセラーとなりました。
そう言うと、「なぜ銀行員がカウンセラーに??」と多くの人が不思議な顔をされます。実は、僕自身、銀行員時代にパニック障害になるという経験をしました。
パニック障害(パニックしょうがい、英語: Panic disorder ; PD)とは、予期しないパニック発作(Panic attacks, PA)が繰り返し起こっており、1か月以上にわたりパニック発作について心配したり、行動を変えているという特徴を持つ不安障害に分類される精神障害
それは、ある日の高速道路での話です。
銀行に入って1年くらい経った時でした。僕は普通に高速道路を自分の車で走っていたのです。
その時、突然、僕の中で「今どうかなったらどうしよう?」そんな言葉が浮かんできたんです。
「今、どうかなったら…… 」
このどうかなったら…… とは、具合が悪くなったらということなのですが、
高速道路を運転している時に具合が悪くなったらどうなると思いますか?
すごく危険ですよね。
スピードも出ているし、止まることもできない……
ひょっとすると大きな事故になるかもしれない。
そう思った瞬間、突然、心臓がドキドキしてきました。
そして、手から汗が吹き出してくる。
「えっ、何、何? 」
そして、血の気が引いていくような感じがしたんです。
「やばい…… 」
その時、たまたますぐ近くにサービスエリアがありました。そして、すぐそこに逃げ込んだのです。
おかげで、事故にはならず、車を止めることができました。
そして、車を停めるとすぐに普段の自分に戻っていきました。
「なんだったんだろう?」
突然、僕を襲ったドキドキの正体。それがパニック障害だったのです。
僕は高校生の頃、ラグビー部に所属していました。
全国大会出場を目指し、必死にがんばった高校時代。
当時、ちょうどスクールウォーズというテレビ番組でラグビーが流行った時代でもありました。
当時の僕の夢は東京の大学でラグビーをすること。体育会のラグビー部に入り国立競技場でラグビーしたい……
その夢を叶えるために、僕は大学進学を目指します。そして、念願の学校に合格。
佐賀県という田舎から東京の大学に進学しラグビーをする。合格できた時は本当に嬉しかった。
でも、この大学に入るため入学の手続きを進めていると、提出書類の中に「健康診断書」という項目がありました。
だから、普通に健康診断を受けたのです。すると、結果、「血尿が出ている」と言うことがわかりました。
その後、いろいろ検査をした結果、扁桃腺が大きいため、それが原因となっているのかもしれない。
そう言われたのです。
これから、東京で一人暮らしをしていくことになるので、扁桃腺は取っていた方が良いかもしれない。そう言われ、僕は扁桃腺を取る手術を受けることになりました。
合格発表があって、東京に行くまでそんなに時間がなかったのですが、実家の近くにある大きな病院で手術を受け、退院後すぐに東京へ出発しました。
まだ、手術から時間が経っていなかったため、その後の診察は東京の病院へ紹介状を書いていただき、そちらで受けることに。
東京に着いた僕はすぐにご紹介いただいた病院へと向かいました。そして、いろいろ検査をしたのです。
検査をした結果、手術を受ける原因となった「血尿」がまだ止まっていないと言うことが判明します。
そしてドクターから「慢性腎炎の可能性が非常に高い」そう言われたのです。
それが何なのか全くわからない僕は、ドクターに「明日からラグビーを始めたいのですが大丈夫ですか?」そう聞きました。
すると、ドクターは「とんでもない。ラグビーどころか結果が出るまでは一切運動をせず安静にしていてください」そう言われたのです。
「これから、詳しい検査をしてみますが、慢性腎炎となると運動は一切できません。ひどくなると人工透析をする必要が出てくるかもしれません。」
突然そんなことを言われ、まだ20歳の僕はどうして良いのかわかりませんでした。
ラグビーをしに東京の大学に来たのに……
幼い頃から運動しかしていなかった僕。その僕が運動できない……一体どうなるんだろう? 大学は辞めてまた田舎に戻らなければならないのか??
そう思っている時、ドクターからこんな質問をされました。
「今泉さん、腰が痛くないですか?」
高校時代からずっと腰が痛かった僕。「痛いです」そう答えたのです。
すると、そのドクターは「そうですか。腎臓が悪いと腰が痛くなるんですよね……」そして、もう一つ「今泉さん 目が回ったりしませんか?」
目が回るという経験はなく「目は回ったことありません」そう答えると「そうですか。腎臓が悪いと、目が回ったりすることがあるので……」
それは覚えていませんが、佐賀の田舎から初めて東京へ出てきて、いきなりの宣告。
僕は大きなショックを受けていました。
家に帰り、一人で「これからどうなるんだろう?」そんなことを考えていました。そして、ベットにゴロンと横になったのです。
その瞬間
突然、天井がぐるぐる回り出しました。
そうドクターが言っていた、あの目が回るということをその日初めて体験したのです。
目が回った僕は、その時確信しました。
「本当に僕は腎臓が悪いんだ……」
それから二週間ほど経ち、検査の結果を聞く日がやってきました。
その日は、心配して両親も佐賀から東京まで出てきてくれていました。
そして、ドクターから一言
「今泉さん 大丈夫です」
二週間前、僕に慢性腎炎の可能性が非常に高い。もう運動することはできない。
そう言った、ドクターの口から「大丈夫です」そう言われたのです。
嬉しかったですね。明日からラグビーができる……
でも、それと同時に「本当に大丈夫なの?」そんな疑問も湧いてきました。
だって、先生、慢性腎炎の可能性が高いって言ったじゃないですか?
僕は、腰も痛いし、目も回ったし……
今、考えると、あの目が回ったのは、ドクターの暗示にかかっていたようなものなのでしょうが、
僕の中で、どうしてもドクターの「大丈夫だ」という言葉が信じられなかったのです。
でも、大丈夫と言われ、結局すぐにラグビー部に入ります。
そして、4年間元気にラグビーを続け卒業することができたのです。
でも、この「本当に大丈夫なの?」という不安は、その後も僕の心の奥底にずっと残っていたのです。
この学生時代に生まれた不安が僕の人生を大きく変えました。
あの高速道路で浮かんできた「今、どうかなったら……」
あの思いもきっとこの心の奥底にあった身体への不安が形になったものだったのだと思います。
一度、パニック障害を経験した僕は、その後、高速道路が怖くなりました。なぜなら、またなるのではないか? 今度は、そんな不安が僕を襲ってくるのです。
またなったらどうしよう。またなったら……
そう思うと、本当に具合が悪くなりました。
そして、最初は高速道路に乗った時だけだったのですが、それがどんどんひどくなっていきました。
例えば、長いトンネル。これも、高速道路と同じで逃げ場がありません。そう思うと、またドキドキしてくるのです。
そして、それがだんだん……
例えば、結婚式。
僕らの時代の結婚式は、最初に仲人さんの長い話がありました。そんな時、黙ってそれを聞いていると、またあの不安が襲ってくるのです。
「今、パニックになったらどうしよう……」
「どうしよう」と言う思いは、それを現実にしていきます。だから、結婚式やお葬式、お通夜なんかも大嫌いでした。
とにかく、ここでなったらダメだぞ。ってとこで僕を襲ってくるのです。
当時僕はパニック障害であることを誰にも話しませんでした。
なぜなら怖かったんです。
もし、そんなことが他の人にバレたら何と言われるだろう。
会社にバレたら辞めさせられるのではないか?
友達に知られたら「頭がおかしくなった……」そんなことを言われるのではないか?
だから、僕は病院に行くこともできませんでした。
もちろん、カウンセリングを受けることも……
だって、そんなことが仕事や友人にバレたら……
人の目が気になって気になって。
もともと、そんなキャラクターではなかった僕。
だから、自分自身でも、自分が精神的に病んでいる。なんて思いたくなかった。
でも、気合いで克服しようとしても、どんなに頑張っても、この症状が治ることはありませんでした。何とかしよう、何とかしようと考えれば考えるほど、発作が起こってしまう。
だから、対処する方法がなかったのです。
でも、病院には行けない、、 カウンセリングも受けれない、、
そんな僕がカウンセラーを目指すことになったのは、ある日の朝刊の一面広告でした。
綺麗な女性の人が、泣いている女性をしっかりと抱きしめている。そんな写真が新聞の一面広告として掲載されていたのです。
そして、その写真の上には
「カウンセラー養成講座 無料体験会 参加者募集」の文字
パニック障害であることを会社や友人に知られたくない。そんな思いから、苦しくても病院に行けなかった僕。
カウンセリングを受けたいと思いながらもどうしても受けることができなかった僕。
でも、「カウンセラー養成講座に通っている」と言えば、もし、それが会社や友人にバレたとしても、「僕は自己啓発で今心理学を学んでいるんだ」そんな言い訳ができるだろう。
そして、何より、その講座に通えば、いつか僕自身もカウンセリングを受けることができるに違いない。
そんな思いから、僕はいきなり心理カウンセラー養成講座に通うことにしたのです。
初めて学んだ心理学。それは僕を大きく変えてくれました。心がものすごく軽くなった。
カウンセリングとは、そんなに特別なものではなく、病んだ人だけが受けるものでもなく、本来は自分のメンテナンスために受けるもの。
それを理解できて、僕は念願だったカウンセリングを受けることもできました。
でも、正直に言うと、何度かカウンセリングを受けましたが、でも、やっぱり高速道路を運転できるようにはなりませんでした。
どうしても、高速に乗る前、僕に不安が襲ってくるんです。
せっかくカウンセリングを受けたのに……
カウンセリングを受けたのに、なかなかパニック障害を克服できない。
苦しかったですね。本当に何とかしたかった。
それからしばらく時間が経ち、ある尊敬する心理カウンセラーの先生とお話をしていると、
その先生が突然、「今泉さんならヒプノセラピーが良いんじゃないかな?」そう言われたのです。
ヒプノセラピー と聞いても正直ピンときませんでした。
「それなんですか?」そうたずねると、先生は「催眠療法です」そう教えてくれたのです。
「催眠療法」そう聞いて、「何それ? なんだか怪しい……」
僕の中では、五円玉をゆらゆらさせながら「ほら、だんだん眠くなる……」そんなイメージだったんです。
でも、同時に、それでも良いと思いました。
それでもしパニック障害が治るのであれば……
藁をもすがる思い。というのは、まさにこのころの僕のことを言うのだと思います。
そして、僕はヒプノセラピーを受けることに。
なんだか怪しい。そう思っていたヒプノセラピーでしたが、実際に受けてみると全く怪しさはありませんでした。
それどころか、、、
実は、僕はたった一回のヒプノセラピーで、パニック障害を克服することができたのです。
今でも僕は、あの日、ヒプノセラピーを受けて外に出た時の明るさを忘れません。
本当にびっくりしました。世の中ってこんなに明るかったんだ。
変な話ですが、本当に僕の目の前に広がっていた霧が晴れたような感覚でした。
実は、このヒプノセラピーに出会うまで、パニック障害になってから10年ほど時間がかかりました。
でも、あれ以来、僕はパニックになっていません。
本当に僕の人生が変わる一日だったのです。
ヒプノセラピーで長い間苦しんだパニック障害を克服できた僕は、すぐに僕自身がヒプノセラピーをマスターし、カウンセラーとして生きていきたい。
そう思うようになりました。
あれだけ長い間苦しんだ僕でしたが、でも、他のパニック障害で苦しんでいる人たちの話を聞いてみると、僕なんてまだまだ軽い方でした。
でも、軽い方の僕があれだけ苦しかった。ということは、もっとひどい人はどんな風に生きているのだろうか?
そんな人にこのヒプノセラピーを受けてもらいたい。
そして、悩みを克服してもらいたい……
でも、僕には守るべき家族がいました。
カウンセラーになるということは、勤務している銀行を辞めるということです。
でも、銀行を辞めると言っても、そう簡単には決断できませんでした。
辞めて本当に大丈夫だろうか?
家族を養っていくことはできるのだろうか??
そんな不安がブレーキとなり、なかなか決断できなかったのです。
でも、僕の中でカウンセラーになりたいという思いはどんどん大きくなっていきました。
不安と希望 その両方が交互に僕の中にやってくるのです。
カウンセラーになりたい。
そして、僕はついに決断しました。
銀行を辞めてカウンセラーとして生きることを決めたのです。
結局、どんなに考えてみても、銀行を辞めてカウンセラーになって成功するかどうかなんてわかりません。
やってみない事にはわからないのです。
だから、とにかく辞めてみよう。
今考えるとよく辞めたな…… と思いますが、
当時僕が考えたのは、退職したら少ないけど少しは退職金も出るし、しばらくの間失業手当ももらえる。
だから、その間でお客さんを集めることができるようになれば……
考えて考えて考えて出した答えでしたが、でも、辞めてすぐわかったことがありました。
それは、「簡単にお客さんは来てくれない」と言うことです。
冷静に考えるとすぐわかるのですが、
僕自身、パニック障害という苦しい中にありながらも、カウンセリングを受けるまで相当時間が必要でした。
カウンセリングを受けていることがバレたらどうしよう。
頭がおかしいと思われるのではないか?
会社を辞めさせられるのではないか?
そんな恐怖心からカウンセリングを受けることができなかった。
心の時代と呼ばれる昨今ですが、しかし、僕と同じようにカウンセリングを誤解している人はすごく多い。
だから、いくら悩んでいる人が多くても、そう簡単にお客さんにはなってくれないのです。
僕自身、お客さんが来ない。という現実を目の当たりにし、その後本当に苦しい日々を過ごしました。
「銀行を辞めなければよかった」と数え切れないくらい後悔もしました。
カウンセリングの勉強をしていた頃、僕と一緒にカウンセラーを目指していた仲間たちも、このお客さんが来ないという状況に苦しんでいました。
そして、途中で夢を諦めた人も……
でも、僕は、このお客さんが来ないという現実を体験しながらも、どうしてもカウンセラーになりたかった。
だから、そこから必死でお客さんを集めるための勉強をしたのです。
たくさん本を読み、セミナーに参加し、僕自身、数名のコンサルタントの方にお願いし、、
お金もたくさん使いました。
でも、結果、少しずつではありましたが、お客さんが来てくれるようになったのです。
僕は、パニック障害という思ってもいなかった経験をしカウンセリングに出会いました。
おかげで、その悩みを解決することができました。
そして、僕と同じようにカウンセリングで人生が変わった人はたくさんいる。
でも、今の日本、まだまだ昔の僕と同じように、「カウンセリングは病んだ人が受けるもの」そんなイメージを持っておられる方がたくさんいます。
だから、カウンセラーになって人の役に立ちたい。そんな夢を持ったとしても、結局うまくいかずに諦めてしまう人も多いのです。
でも、僕自身、全くお客さんを集めることができない経験をし、そして、そこから少しずつですが、お客さんに来てもらえるようになっていきました。
そして、ついに出版までさせていただくことができたのです。
これまで僕はたくさんの方とカウンセリングを通してお話をさせていただきました。
そして、僕と同じように、カウンセリングで人生が大きく変わったという人もたくさん知っています。
そこで改めて思うのは、カウンセリングは多くの人にとって必要なものであるということです。
でも、はじめて会う人に「心理カウンセラーです」と挨拶をすると、
「カウンセラーさんなんですね」とびっくりしたような顔をされることがよくあります。
そして、よく言われるのが、「僕もあと2、3年もしたらお世話にならないといけなくなるかもしれませんので……(笑)」という言葉です。
笑いながら話されるその言葉の裏には、きっと「僕には関係ない」そんな思いがあるのだと思います。
「カウンセリングは病んだ人が受けるもの」多くの人がそう思っている。
でも、違うんです。もちろん、病んでいる人が受けることも大切です。
でも、実際に病気になってしまってからでは時間もかかるし、簡単には治りません。
だから、もっと早く受けて欲しいのです。
本来カウンセリングとは、「自分のメンテナンスのために受けるもの」僕はそう思っています。
だから、もっと気軽にカウンセリングを受けることができる日本を作らなければならない。
気軽にカウンセリングを受けることができる日本を作るために、何をしなければならないのか?
現状、多くの人の認識は「カウンセリングは病んだ人が受けるもの」となっています。
だから、それを変えていかなければならない。
どうしたらそれができるのか?
いろいろ考えてたどり着いたのが、やはり、カウンセラーを目指した人、一人一人がカウンセラーとして活躍していくことだと思います。
心理カウンセラー養成講座を受けたけど、受けただけでカウンセリングをやっていない人、その人たちみんながたくさんカウンセリングをできるようになれば、必ずカウンセリングは広まっていくと思うのです。
でも、カウンセリングをやるためにはお客様に来てもらわなければならない。
どうしたらそれができるのか?
今、振り返ってみると、なぜ以前の僕にお客さんが来てくれなかったのか?その理由がわかります。
実は、カウンセラーとしてお客様に来てもらうためには、やり方があるのです。
そのやり方をマスターできれば、誰だってお客さんを取れるカウンセラーになることができる。
今僕は日本こころカウンセリング協会という協会を作り、カウンセリングの普及に取り組んでいます。
そして、昨年1年間で、のべ300人以上の方にこのお客さんを取ることができるやり方をお伝えしてきました。
そして、今、令和の時代となり、改めてこのやり方を多くの人にお伝えするために、カウンセラー専門ビジネスコーチという肩書きをつけて活動していくことといたしました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
最後に改めてお伝えしたいのは「カウンセラーになりたい」そんな思いを持つ人は本当にわずかだと思います。
でも、だからこそ、そんな思いが湧いてきた人はきっと選ばれた人だと思うのです。
そして、選ばれたということは、その先に必ずあなたのカウンセリングを待っている人がいるということです。
だから、「カウンセラーになりたい」そんな思いが湧いた人は、まだ見ぬあなたを待っているお客様のために、「自分はここにいるよ」と一生懸命見つけてもらう努力をする必要があるのです。
カウンセリングは病んだ人が受けるもの。そんな誤解がある中で、お客さんに来てもらうのは確かに難しいことです。
でも、やり方さえわかれば、必ずカウンセラーとしてお客様を集めることはできるのです。
だから、諦めないで欲しい。
僕はカウンセリングで人生が変わりました。
本当に助けてもらった。そう思っています。
だから、その恩返しのためにも、この気軽にカウンセリングを受けることができる日本を作ることに、これからも全力で取り組んで行きたいと思っています。
もし、あなたの中にカウンセラーとして活動していきたい。そんな思いが少しでもあれば、ぜひ、僕らの仲間になってください。
一緒に気軽にカウンセリングを受けることができる日本を作るためがんばっていきましょう。
最後まで読んでいただき本当にありがとうござました。
心理カウンセラー兼カウンセラー専門ビジネスコーチ 今泉智樹
一般社団法人日本こころカウンセリング協会 代表理事
著書「クライアントの信頼を深め心を開かせるカウンセリングの技術」
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