― 衿元から心を整える、自分だけの着物時間 ―
まずは、半襟の歴史を一緒に学び、今に活かしましょう
【朝ドラ ばけばけ に夢中!】ハッと目を引く「たっぷり半衿」の魅力とは?
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季節はようやく秋に入りかけ、紅葉の美しい着物シーズンが到来しますね。
そして今、私たちの心と目を楽しませてくれているのが、あの朝の連続テレビ小説の着物姿です!ヒロインや登場人物の着こなしに、思わず見入っている方も多いのではないでしょうか。
ドラマの設定のために特別に派手にしている、というよりは、「あの時代こそ、半衿がおしゃれの主役だった」という歴史的な事実を再現しているそうです。
〇 視線を集める「衿元の魔法」
あのドラマの着物姿で、現代の着付けと大きく違う点に気づきましたか?
それは、「半衿(はんえり)」の見え方です。
ドラマの舞台である明治時代は、今のフォーマルな着付けよりもずっと大胆に、衿元をたっぷりと見せていますよね。
なぜ、あんなに半衿を見せる着方が流行したのでしょう?
それは、あの時代、半衿こそが着物姿を何倍も素敵に見せる「魔法のパーツ」だったようです。
〇 半衿は「お顔のレフ板」
現代の着付けでは、半衿は控えめに着るのが主流と思いますが、ドラマの女性たちの衿元を見てみてください。
布幅いっぱいに大胆に見せた、色地の半衿。
このたっぷりとした面積が、まるで「レフ板」のように顔周りに光を集め、驚くほど肌を明るく、表情まで生き生きと見せてくれているのかもしれません。
また、着物自体は地味な色柄でも、半衿がスカーフのように存在感を放つことで、コーディネートに華やかな奥行きを与えているのではないでしょうか。これは、モノトーンの着物がおしゃれの中心だった当時の女性たちの「粋」と「心意気」の表れ。
◆ 朝ドラのヒロインのように、「衿元」で心を咲かせてみませんか?
専門家ではない私が調べた情報も含め、その理由をみていきましょう。
【歴史概要】
★安土桃山時代:衿元の汚れを防ぐ目的で、既に別布をつける形があったとされています。
★江戸時代中期:現在のように長襦袢の衿に半幅の布をかける「半衿」の形が一般的になり始めました。
★江戸時代(初期):結髪(日本髪)が普及し、多量の鬢付け油による衿元の汚れを防ぐために、半衿が欠かせないものとなりました。
★ 江戸時代(初期):汚れが目立たない黒色の半衿(当時は掛け衿と呼ばれることも)が主流でした。
★江戸時代(中期以降):汚れ止めからおしゃれの要素も加わり始め、若い女性の間では、茶や紫、緋色(赤系)の鹿の子絞りや刺繍半衿が流行しました。
★幕末〜明治初期:依然として黒や濃い色の半衿が使われていましたが、上方では黒の天鵄絨(ビロード)や繻子、江戸では紫や茶の絞り染めなどが好まれるなど、地域差も見られました。
★明治時代:着物が地味になった反動もあり、半衿がおしゃれ目的で重視され、刺繍や友禅染めなど華やかな装飾性が発展しました。
★ 大正時代〜昭和初期:半衿のおしゃれが全盛期を迎え、芸術的ともいえる様々な染めや絞り、刺繍が施された半衿が登場し、「半衿屋」(専門店)が賑わいました。
★ 戦後:着付け方が「山の手風」(衣紋をあまり抜かず、半衿があまり見えない着方)が主流になったこともあり、装飾的な半衿が下火になり、白衿が中心となっていきました。
★現代:フォーマルでは白が基本ですが、おしゃれ着では着物に合わせて、色柄物、刺繍、様々な素材(ちりめん、塩瀬、麻など)の半衿を楽しむスタイルが定着しています。
そして、
・江戸時代の名残 : 明治時代初期は、まだ前時代からの「汚れ防止のための黒い半衿(または濃い色の掛け衿)」の習慣が
残っていました。
・着物全体の地味化: 明治になると、社会的な風潮や節約意識の高まりから、着物本体は色柄が控えめなものを選ぶ傾向が
強くなります。
・半衿への集中 : 着物全体で派手なおしゃれができなくなった反動で、顔周りの小さな部分である半衿に、女性たちの
おしゃれへの情熱と技術が集中しました。
日本女性が大切にしてきた「心の整え方」が隠されていたのではないでしょうか。
★半衿とは――「装いの中の小さな宇宙」
半衿(はんえり)は、着物と肌の間に重ねる一枚の布
ほんの数センチの世界に、季節や感性を映す「心の鏡」かも……
配信記事
- 第1回 着物愛好家の私も驚いた!半衿のルーツは「黒」
- 第2回 朝ドラが映す「たっぷり半衿」の秘密と女性たちの心意気
- 第3回 半衿は「心のキャンバス」!
- 第4回 同じ着物も劇的に変わる!素材と色が生み出す「光沢と質感」の魔法
- 第5回 もう「お裁縫」じゃない!苦手意識を克服する半衿付けは「お支度」です
