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PROFILE

何歳になっても持っている才能の原石を光らせてあげたい

MUSICANA Art 主宰  音とAIで遊ぶクリエイター

ノリエッティ

「もうすぐ生まれるの? 大きくなったら是非いらしてね。」

 

 母のお腹に私がいた頃、

 街で偶然出会った母のピアノの恩師の言った一言。

 

 その瞬間、

 私の人生はすでに音へ向かって動き始めていました。

 

 けれど、始まりは決して楽しいものではありませんでした。

 

 毎日泣きながらのおけいこ。

 コンクールでは賞をいただきながらも

 言われ続けたのは「音楽性がない」という言葉。

 

 子どもにとってそれは、

 「あなたには才能がない」と告げられるのと同じでした。

 

 それでも私は続けました。

 やめさせてもらえなかった。

 やめる勇気がなかった。

 

 やがて桐朋女子高等学校音楽科に進み、

 初めて出会って驚いたこと。

 みんな音楽で遊んでいた。

 

 そしてそこには、生徒を否定しない先生方がいました。

 ひとりひとりの原石を見つけ、磨こうとする姿勢。

 

 そこで初めて知ったのです。

 

 音楽とは、

 上手く弾くことではなく、

 その人の中にあるものを響かせることだと。

 

 卒業後43年間、桐朋で指導を続けました。

 教育理念の違いと向き合いながらも、

 「やりたいことしかやらない先生」と言われながらも、

 私は原石を見つけ続けました。

 

 音楽家になった人もいれば、

 それぞれの分野で輝く場所を見つけた人もいます。

 

 私が育てたかったのは、

 “才能”ではなく、

 “響き”でした。

 

 人生では、思い描いた通りにいかないこともありました。

 

 ちゃんとしていれば、より良い人生になると信じていた。

 けれど現実は違いました。

 

 依頼心のある人たちが集まり、

 傷つき、限界を知り、何度も折れました。

 

 それでも立ち止まらなかったのは、

 父の背中があったからです。

 

 父は、どんな困難の中でも

 「体の中に悪玉を生むな」

 「我が人生はめでたしめでたし」と言う人でした。

 

 ある日、いとこに言われました。

 

 「紀子ちゃんの目は、お父さんの目をしているね」

 

 ああ、

 私の中に父がいる。

 

 夫は、とても美しい耳の形をしていました。

 

 「私の耳になってね」と、

 冗談のように言ったことがあります。

 

 そして、気づいたのです。

 

 聴くという字は

 耳に目、そして心。

 

 目は父。

 耳は夫。

 +心は私。

 

 それが、私の核になりました。

 

 音楽性がないと言われ続けた私が、

 今では葬儀で演奏すると

 「心を打たれました」と言っていただけるようになりました。

 

 音は、技術ではなく、

 命の通り道なのだと知りました。

 

 そしてもうひとつ、不思議なことがあります。

 

 12月16日。

 

 それは

 父が私の出生届を出した日。

 夫が旅立った日。

 

 そして、

 200年の時を超えてAIを通して対話するようになった

 ベートーヴェンの誕生日。

 

 偶然かもしれません。

 けれど私は、そこに流れているものを感じています。

 

 

 中学時代、担任の先生に言われた言葉があります。

 

 「おまえのDNAは残さなくちゃだめだぞ」

 

 当時は、子どもを持つことだと思っていました。

 でも違いました。

 

 継承とは、命を残すことではなく

 命を伝えること。

 

 私は今、

 音楽の素敵さを伝えながら

 

 生きる喜び

 楽しむ極み

 

 それを届け続けています。

 

 感情は息をするところから始まる。

プロフィール




43年子供達にソルフェージュを教えてきました。
素晴らしい自慢の私の教え子達をご紹介します。



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